ブログトップ

虹色のかざぐるま

カテゴリ:日々雑感( 63 )

最近…

 チビメダカの数が減った模様…
 急に寒くなったせいで、いくらか間引かれてしまったかも。。。
 といっても、まだ20匹以上は棲息中。来年はもう少しまじめに増やすとするか。

 最近とみに金がなくなってきているため、旅行もままならない。
 旅行で何にいちばん金がかかるかといえば、それはやはり“宿泊費”だ。私の場合、美味しい食事を出す料理旅館に泊まったり、贅沢な温泉宿に泊まったりする趣向がないので、宿泊費さえ抑えられればかなり旅費がリーズナブルになる(はず)。
 ということで、車中泊ができないか検討中。
 冬でもキチンと対策すれば、比較的暖かく寝られるそうな。いきなり旅先でというのもどうかと思うので、近くの駐車場でリハーサルしてみようかとも考えている。
 とにかくホームセンターで必要な道具を買い揃えないと…。話はそれからだな(笑)
[PR]
by ex_kazaguruma | 2009-11-16 21:31 | 日々雑感 | Comments(6)

64回目の夏

 今日、8月15日は大東亜戦争が終結した日です。私の血縁者の中にも、この戦争に参加し、そして亡くなった者がいます。
 この戦争で尊い命を落とされた310万の御霊に感謝し、私は今年も黙祷をささげます。

 いつもこの時期になると、戦争についてのTVトークが放送され、そのほとんどすべてが「戦争はいけない。」「戦争は二度と行ってはいけない。」という結論に向かって話が進んでいます。
 そんなこと、言われなくても良識ある人間ならば誰だってわかっていますよ。わざわざ識者を並べて大げさに言わなくてもね。
 私の戦争に対する理解は「病気」です。戦争は人類の抱える病気なんですよ。だからなくならないし、時には長引いたりする。
 戦後、64年に渡って戦争のない時期を継続している日本でもっとも必要なことは、この病気にならないための方法論だったり、最悪なったときの最善策を話し合ったりすることだと思うんだが、TVの議論はいつも戦争の善悪についてに主眼がおかれている。マスコミがそういうミスリードをするから、国民が戦争に対して思考停止しているんじゃないかな。

 戦争が起きないために、仮に起きたときのために、われわれが国に対してどのようなアプローチをするべきか、またわれわれ国民がどのような意見を持つべきなのか。
 近代国家であるならば、そのあたりをきっちり考えておくべきだと思うんだよね。
 「日本(だけ)が平和なら、それでよし」なんて考え方は、まったくの時代錯誤、ナンセンスなんだよ。
[PR]
by ex_kazaguruma | 2009-08-15 11:51 | 日々雑感 | Comments(2)

どうやら。。。

ただの風邪ではないような気がしている、今日この頃…
喉のいがっらっぽさと、痰、そして時々咳も出るし。
明らかに6月始めの風邪が発端だけど、不安…
でも病院で処方してもらった薬を飲むと、改善はするんだよね。
もう少し様子を見るとしますか…
[PR]
by ex_kazaguruma | 2009-07-06 08:04 | 日々雑感 | Comments(0)

夏風邪

先週の水曜日あたりから、タチの悪い風邪にやられている。
熱はさほど出ないのだが、のどがかなり辛い。

感染源は「職場の部下」である。
こいつ、人並みならぬ貧乏で、風邪を引いても医者に行きやがらない。
おかげでこっちは完全にやられてしまったが、彼もまだ治りきっていない。

医者に行かないのは勝手だが、職場に出たいならキッチリ治したまえ。Mくん。
[PR]
by ex_kazaguruma | 2009-06-12 08:10 | 日々雑感 | Comments(4)

 私は現在、自家用車を所有している。また、私の周りの同年代の多くも自家用車を所有している。
 ところが職場の若い人、特に20代については、自家用車を持っていない人が多い。
 私の会社や業界だけのことかと思いきやそうではなく、若者全体の自動車離れが加速しているということらしいのだ。
 実際、統計によると、2003年頃から若者の車離れが顕著なのだという。
 これにはいろいろな理由があると思うが、私の思うことは次の2つだ。

◆コスト
 購入するのにはもちろんだが、何しろこの日本では車の維持費が高い。高い税金と車検制度に加えて、駐車場料金がかかるのだ。若い人の趣味が多様化する中で、これだけの金額を自動車に集中させることは難しくなってきているのだろう。特に、昔はなかった通信費というコストが若者の小遣いを圧迫しているのではないかと思う。インターネットや携帯電話の普及は、この現象と無縁ではないだろう。

◆魅力
 基本的に自動車というものは魅力的なものだと思うし、そうあるべきだとも思う。速く走ることだったり、所有する悦びだったり、その造詣の美しさだったり、いろいろな側面から自動車は魅力的だと思う。
 若い人でも、自分の背丈(収入)に応じた魅力的な自動車があれば、やはり所有してみたくなるのではないかと思うのだ。
 が、現在、エモーショナルな~特に若者に対して~自動車を売り出しているメーカーが何社あるだろうか。日本で「趣味の自動車」が絶滅しかかって久しい。それは自らが作り出す自動車のマイナス部分を徹底的に削り落としているからではないだろうか。
 この私も技師の端くれなので、品質管理については徹底するべきだと考える。が、自動車のコンセプト(味付け部分と言い換えてもよい)において、そのマイナス部分を削っていくとどうなるか。
 もちろん、優等生ならぬ優等車ができあがる。が、人間でも優等生は面白味に乏しいのと同様、自動車でも優等車は魅力に欠ける。つまり“大枚はたいて買いたくなくなる自動車”が高い品質管理のもと、大量生産されるのだ。
 メーカーはもちろん良かれと思ってやっていることなのだろうが、それが結局、魅力のない自動車に結びついているのではないかと思う。

 これからもおそらく若者、特に都会に住む若者らの車離れは加速すると思う。
 「移動するだけの面白味のない自動車」に若者は食指を動かしてはくれないのだ。
[PR]
by ex_kazaguruma | 2009-04-11 19:11 | 日々雑感 | Comments(0)

増えた携行品

 若い頃に比べて増えたもの。
 お金であれば何の問題もないのだけれども、現実は全く異なる(笑)
 年齢とともに増えたのは白髪とともに、携行品だ。
 私が最も身軽に外出していたのは、おそらく高校生くらいまでだったろう。その頃の携行品といったら、ハンカチとティッシュ、パスケースを兼ねた財布くらいのもので、カバンなども持ち歩いてはいなかった。すべてポケットにおさめていたのだった。
 それが大学生になった頃にコンタクトレンズを持ち歩くようになった。私はメガネと併用だったので更にメガネケースも必要になった。高校生まではメガネは朝から晩までかけっぱなしだったので、こんなものは必要なかったのだ。この頃からファンシーショップで買った厚手のビニール製の袋をカバン代わりに持ち歩くようになった。
 二十歳を越えた頃にはタバコを吸い始めたので、さらにタバコとライターが携行品に加わった。私は水パイプ(アクアフィルター)を付けて吸うのが好きだったため、更に携行品が増えた。
 さすがに袋では入り切らなくなり、小さなクラッチバッグを持ち始めることになる。

 それから20年ほど経過した今、携行品は更に増えている。
 今は20リットル程度のデイパックが私の定番である。ここに入っているものが現在の私の携行品ということになる。いったい何が入っているのだろうか。
・普通のハンカチとティッシュ、大きめの手拭いとタオル地のハンカチ
・My箸
・メガネケース(今はコンタクトは使っていないが、2つのメガネを使っているためだ)
・2台の携帯電話
・小銭入れ、札入れ(財布は別々になっている)
・アルミ製のカードケース
・歯ブラシ、爪楊枝、歯間ブラシ
・救急絆創膏、胃腸薬、目薬
・爪の処置用の瞬間接着剤とエメリー(爪磨き)
・免許証+カード入れ用の折財布
・扇子
・多色ボールペン
・ウェットティッシュ
などなど。(まだあるのだが…)

 大学生の頃から減ったのは、タバコとライターに水パイプ、それにコンタクトレンズくらいのものだろう。「持っていて便利だったもの」はカバンに入れっぱなしになる。
 「持っていないと不安になる」ということもある。
 もしかしたら何らかの精神疾患なのかもしれない、と大げさに考えたりすることもあるほどだ。
[PR]
by ex_kazaguruma | 2009-03-22 08:53 | 日々雑感 | Comments(0)

8年越しの…

 私は大学卒業以来ずっと、情報処理関係の仕事を続けている。いわゆる今でいうIT業界である。
 一方、私が現在勤めている会社は3つ目である。
 実は2つ目の会社を辞めるとき、非常に悔しい思いをした。
 2つ目の会社は1980年代前半に名古屋に営業所を構えた。私はその創成期から携わり、20年近く勤めたが、8年前、かの営業所は私をはじき出しにかかったのだ。
 ことの経緯を詳しくは書かないが、私の客先は比較的大手で、3~6人で開発にあたるという“プロジェクト形式”を採っていた。大きな金額が動く反面、リスクも高い。が、プログラマーではないシステムエンジニアとしての作業を経験できることが大きなメリットである。
 将来、営業所がさまざまな物件を扱っていく上で、プログラマーの集団では全くお話にならず、ぜひともSE作業より上流工程の仕事を受注できるスキルを営業所の構成員が付けておく必要性を強く感じていたのである。

 ところが営業所のトップの判断は私とは違っていた。とりあえず日銭を稼ぐために、時間精算で請け負える仕事に切り替えるべきだと判断したのだ。もちろん、私も一部は時間精算業務が必要であるとは思っていた。
 が、大きなお金を動かす(つまり営業所から見れば何ヶ月も先の資金繰りが難しい)物件を扱っている私は“営業所のベクトルと異なる仕事をする邪魔者”となっていたのである。
 彼らは、私の手足となる人材をことごとく時間精算の業務にはめ込み、私の制御下から奪い去って行った。当然私は手下がいなくなるわけであるから、客先から物件を受注することができない。
 最後に彼らは私に「営業をするな(つまり、仕事を取ってくるな)。」と言ってのけたのである。
 つまり、私を通して仕事を営業所に入れるのではなく、そういう話があれば営業部長に話を上げて、部長が直接話しをするということなのだ。
 客先から私にこんな愚痴が出るようになった。
 「あなたのところの部長が来て話をしたけれども、どの物件も請け負ってもらえない。いったいどうなっているのか?」

 これには私もあきれ返った。つまり、営業所の方針は「私の客先は営業所の方針と合わない。だから話は聞くが受注はしない。」という、ふざけたものだったのだ。挙句の果てに、私自身をその客先から引っぺがし、別の時間精算のところに入れようとした。扱う物が全く異なったことで私はノイローゼ気味になってしまい、しまいには「できないなら辞めてくれ。」と最後通告を受けたのだ。

 幸い、私の客先が個人発注してくれることになり、私は自営業になった。もちろん、最終的には就職するつもりだったが、40歳を越えていた私にそうそうすぐに就職先があるわけではなかったので、この客先の提案はありがたかったのだ。
 それから何年か後、私は今の会社に就職し毎日忙しく開発作業に追われている。

そんなある日のこと・・・
[PR]
by ex_kazaguruma | 2009-02-11 10:00 | 日々雑感 | Comments(0)

躾を観る

 私は東海地方の一地方都市の生まれで、両親は大正生まれ。実家は自営業という環境で子供時代を過ごした。高度経済成長の真っ只中に生を受けた私も、今ではもう“古い人”の部類に入っているといって間違いないだろう。
 そんな私だが、ここ数年、周りの大人と呼ばれる年齢層の躾が非常に気になる。
 はっきり言えば、こんな私の基準に照らし合わせても「躾はどこへ行った?」と思わざるを得ない輩が急増しているのだ。無論、私の基準であるから、同年代でも違う環境で生まれ育った人には、理解できない感覚があるかもしれない。それゆえ、最初に私の「由来」を簡単に書いてみた。
 それでもあえて問いたい。「躾はどこへ行ったのか?」と。

◆入り口を閉められない
 特にドアではなく引き戸の場合にこのタイプが多く見つかる。アパートやマンション、一般家屋でも最近はドアを使ったところが多いが、スプリングなどを使って自動的に閉まるタイプが多いのも確かだ。
 それに比べて引き戸は手動のタイプが多い。引き戸を閉めない輩は自動的に閉まると思い込んでいるようだが、開けるときに手動で開けているのだからそんな言い訳は通用しない。
 つまり、自分で開けたら自分で閉めるという非常に初歩的な躾が身に付いていないだけだ。
 驚くことに、中年以降の男性にかなりの確率で存在する。普通ならば中学生や高校生あたりの子供さんがいて不思議ではない年代だが、他人事ながらこの子達の躾も絶望的であろう。
 自分ができてない躾を子供にさせることなど…と思えて仕方がない。

◆食卓のイスを戻せない
 テーブルとイスの食卓が当たり前となった今日、最も基本的なものとして浸透しているはずの躾と言っていいと思うのだが、現実は厳しい。
 この使用後の食卓のイスを戻せないタイプには幅広い年齢層があるが、年齢が上がるほど男性が多くなる傾向がある。基本的な躾は女性のほうが施されているということだろうが、それよりも若年層では両性ともダメということのほうが気になる。このあたりに日教組の歪んだジェンダー・フリー教育の“成果”が現れているのかもしれない。

◆店内で防寒用のジャンバーやコートを脱がない
 居酒屋や食堂などで、いわゆる外套(がいとう)を着たまま食事しているタイプの人間が多い。
 脱ぐのが面倒だという理由だろうが、これも私としては考えられない行動だ。
 何よりも着膨れしているので飲食しにくい。それだけではなく別の理由もちゃんとある。
 一般に店内は暖房が入っているので外よりは暖かい。飲食で汗をかくことも考えられるし、そのまま外へ出るとより寒く感じてしまうばかりか、汗が原因で風邪をひいてしまうかもしれない。
 こんなことは簡単な想像力が働けば、容易に理解できることである。

 躾とは、身を美しくすると書く。
 子供の頃に身に付いた躾は、大人になったとき外見を飾るより何倍もその人の美しさを表現してくれるのだ。
[PR]
by ex_kazaguruma | 2009-01-18 17:55 | 日々雑感 | Comments(0)

わが街の再発見

 歩く機会が増えてくると、自然と街の再発見ができるようになる。例えば、こんなところに使えそうな食堂があるとか、こんな近くによさげな居酒屋があるとか、はたまたこんなところから自宅近くまでバスが出ているとかを発見できる。
 実は今日、カード決済ができる回転寿司屋を目指して歩いてみた。
 ナビタイムのルート検索情報によると、距離は6.8Km、予想時間は1時間24分であった。
 午前11:00に自宅を出たので、予想到着時刻は午後12:24ごろである。お店に到着した時刻は12:20過ぎということで、ピッタリと言っていいだろう。
 ところが予想以上にくたびれてしまったので帰りは電車にするつもりだったのだが、その店の直近にバス停があったので時刻表を見てみた。すると1時間に一本ペースだったが、自宅から徒歩15分圏内のバス停への直行便があったので、これを利用してみた。

 私が住む場所は都市部だが、いままで非常に不便に感じていた。
 ところがこれは、歩くのをおっくうに思っているからなのであって、15分程度の徒歩時間をいとわなければ都市というのは予想以上に便利なことが判ってきた。
 これからどんなことを再発見できるか。歩く楽しみがまた増えた気がする。
[PR]
by ex_kazaguruma | 2008-12-23 17:19 | 日々雑感 | Comments(2)

歩け歩け

 ここ最近、歩くことを増やしている。
 ただ、特に距離や時間を決めることもせず、もちろん歩数計なども使用していない。
 健康のためにということもあるが、実はこれには別の目的があるのだ。
 それは「山の辺の道」を踏破したいというものだ。

 山の辺の道は日本最古の道として知られていて、有名なのは奈良県天理市~桜井市へ抜けるルートだ。
 この天理~桜井間だけでもおおよそ14kmほどもあるから、一日で踏破するのは今の私にはかなり難しい。何回かに分けることになるだろうが、なんとかこの目的をかなえたいのだ。
 それには何といっても脚力を身に付けなければならない。

 意識して歩く距離を延ばしてみてわかったことは、靴の大切さである。
 特別高級なものは要らないが、最近は長距離ウォーキング用に開発された靴がいろいろあるので、自分に合ったものを選ぶことである。ただ、私の場合、男にしては靴のサイズが小さいので、選択肢が狭まる傾向にある。私のサイズは24.0~24.5cmなのである(メーカーによって多少大きさが異なる)。
 最も使いやすいのはムーンスター(月星シューズ)のワールドマーチだ。
 これは非常にバランスよくできていて、軽すぎず重すぎず、サイズもメンズで24.0から揃っているところもポイントが高い。私はワールドマーチの24.0がぴったりなのである。
 私見だが、靴は気持ちきつめのほうがフィット感があっていいと思う。ゆるいのは蹴る力が分散して余計に疲れてしまうようだ。

 30分も歩くと、いい調子で体が温まってくる。
 一度、職場から自宅まで歩いてみたが、おおよそ1時間強だった。これくらい歩くと寒い季節にもかかわらず、額に汗が浮かぶ。足先も冷えなくなってきたような気もする。
 夏になったら厳しいだろうが、せめて冬の間だけでも続けてみようと思う。
 ここ最近の(晴れの日の)定番コースは、通勤の行きだけ電車、帰りは歩きというものだ。
 さて、冬が終わる頃にはどんな変化がありますやら。楽しみである。
[PR]
by ex_kazaguruma | 2008-12-15 23:33 | 日々雑感 | Comments(2)