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虹色のかざぐるま windmuehle.exblog.jp

思いつくことを思いついたときに。心のかざぐるまをまわそう。


by ex_kazaguruma
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父の戦時体験

■兵役免除
 私の父(大正11年9月1日~平成14年3月12日)は、普通ならば太平洋戦争に徴兵された年代です。
 が、父は左胸の肋骨を一部なくす大ケガをした経緯があって、兵役に適さない丙種というランク付けをされていました。
 このため、当時名古屋の千種精機という小さな工場で旋盤工として働いていた父は兵役に就かず、中島飛行機 武蔵製作所で働くこととなりました。
 父はそこで、主に疾風(はやて)のような戦闘機の燃料ポンプを製造していたそうです。

■開店休業
 ところが戦況が進んでいくと生産現場は開店休業状態となり、廃木材を集めて毎日のように下駄を作っていたそうです。班長をしていた父の部下には多くの女の子がいたらしく、この下駄はけっこう人気があったとのことです。当時、履物さえ不自由だったでしょうから、なかなかしゃれたアイディアだったと思います。

■焼き芋屋
 当時サツマイモはよくおやつとして配給されていたそうです。このあたりの事情は軍需工場ならではで、世間では食うや食わずやという状況でも軍関係の施設では比較的潤沢に物があったことを連想させます。このことについては父も認めておりました。
 しかし、おやつもサツマイモ一辺倒だったため、工場内ではかなり飽きられていたそうです。
 特に男連中はサツマイモが苦手なうえ、焼くこともままならないため、各所で余ってしまっていました。父は各班を回って余ったサツマイモをかき集め、燃料コークスを入手して火を起こし、これを焼いて部下の女の子たちにあげていたそうです。コークスに点火するにはかなりコツが要るらしく、鍛冶屋の経験があった父ならではのことでした。

■敗戦の確信
 戦況が厳しくなっていったある日、工場の近くにB29が墜落したそうです。
 父は工具を自転車に積み、墜落現場に急ぎました。
 持って来た工具で急いで燃料ポンプを外し、持ち帰ってきたそうです。
 その燃料ポンプを、今自分達が作っている燃料ポンプと比べてみたそうです。
 結果は一目瞭然。
 日本のものには燃料漏れを防ぐため各所にパッキンやオイルシール用のリングなどが使われていたそうですが、B29のものにはねじ込むだけで密閉されるように工夫されたネジが切ってあったそうです。
 さらに材質も全く違い、B29のそれは金ノコを入れてもなかなか歯が立たないような硬いものであったそうです。また、重量はほぼ半分ほどしかなく、堅牢かつ軽量な上に部品点数を極力少なくする工夫がなされていました。(※1)
 このとき、父は「日本は戦争に負ける」と確信したそうです。
(※1)このエピソードは父から聞いたものですが、燃料ポンプを外すことが一人でできたかは怪しく、おそらく何人かのグループで駆けつけて、憲兵がやってくる前に“仕事”を済ませたものと考えられます。

 今日は63回目の終戦の日。
 戦争は体験していないが、戦争体験を直に聞いた世代として、伝えるべきことがたくさんあると思った次第です。
Commented by ちびまま at 2008-08-15 13:37 x
きっと・・・あの日もこんな感じで暑かったのですね。

何か戦争のことや日本の国民として・・・みたいなことを話すのがタブーな世情を感じているのは私だけでしょうか。
今、豊かな(どれだけガソリンが値上がりしたとか言っても基本まだいろんな意味で豊かな国だと思う)日々を謳歌していて・・・でもこれっていつまでもは続くことではないと思うし、明日の命いや一瞬先のことさえ不透明な時代を生きてきた先代のことを思うと何かとても苦しいような申し訳ないような気持ちです。
Commented by ex_kazaguruma at 2008-08-15 20:20
ちびままさん、ようこそいらっしゃいました。

>タブーな世情
これはわかります。
が、これは単に戦後いきなり左翼化した、教育界や放送・新聞などのジャーナリズムが作り出した「悪しき虚構」だと思っています。
去年の4月に靖国神社にお参りしたとき、遊就館で若くして散った方々の遺書や遺品を見ました。

書き物はもちろん筆ですが、その達筆なこと。
彼らの年の頃はおそらく20歳そこそこ。
今の同年代の若者に、あのような考え方や書き物ができるかどうか。
自分でさえ、羞恥心をもって見るしかありませんでした。

今の10代の若者に戦争というものを考えてもらう際に、ぜひとも見せてあげなければならないものだと強く思いました。
by ex_kazaguruma | 2008-08-15 08:54 | 回想録 | Comments(2)