虹色のかざぐるま windmuehle.exblog.jp

思いつくことを思いついたときに。心のかざぐるまをまわそう。


by ex_kazaguruma
プロフィールを見る
画像一覧
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31

腕時計のロマンと実用性

 今回の記事は、セイコーのフラッグシップ、グランドセイコーの一部に採用されているスプリングドライブについて、あまり肯定的なことが書かれていません。
 以降はそのことについて気にしない人だけ読み進まれることをおススメします。



 そもそも時計というものは何であるのか。
 私が考えるに時計というのは、自然の一部である時の流れをなるべく正確に人間に知らしめる、いわば「ヒューマン・インターフェース」の役割を担うツールだと思っています。
 よく文章的には「時を刻む」という表現がされることがあり、あたかも時計が時間をカウントしている(言い換えるならば創っている)ような感覚に陥ることがありますが、これはもちろん違います。あくまで時計は自然に寄り添って動き、その変化を人間に伝えるものなんですよ。
 この「いかに自然に正確に寄り添うか」が時計のロマンであり実用性である、と私は考えます。

 近年、自分の中で腕時計のあるべき形式が二分化した形で固まりつつあります。
 それは機械式腕時計と電波受信式のクォーツ時計の二つです。
 この二つは、私にとって非常にロマンと実用性に溢れる腕時計なんですよ。

 一般に高級腕時計ということで機械式腕時計というのがあります。
 あくまでテンプ(振り子)を含むメカの正確性によってその精度を維持するものです。絶対的な正確性はないにせよ、人がどこまで高精度な機械を作れるかという命題に、真正面から取り組み挑戦し続けたロマンの結晶とも言えますね。
 私はこのロマンに非常に惹かれるのです。自然への精度をあくまで機械によってのみ実現しようとした時計技術者への畏敬の念と言っていいかもしれません。

 一方、電波受信式のクォーツ時計です。
 一般に機械式腕時計よりははるかに廉価ですが、その正確性は他の形式の追随を許しません。
 廉価+絶対的な正確性ということで、実用レベルは最高だと思っています。実際私も使っていますが、公共交通機関をよく使う生活では、もう他の時計を使えないと思えてしまうほどです。

 この二種類の時計はある意味、両極に位置するものだと考えられます。
 片や高級時計、片や廉価で実用的な時計。それでもこれらは「いかに自然に正確に寄り添うか」を表現した、ロマンあふれるツールであると思っています。

 じゃ他の形式はというと、実は私にとっては食指が動くものはほとんどありません。
 普通のクォーツ時計は、ちゃんと作り込まれたものであれば、希少性もあるし機能美も持ち合わせていますが、実用品としては電波受信式のクォーツ時計に精度で負けます。メカに対するロマンというところでも、機械式に一歩譲らざるを得ないでしょう。

 また最近、グランドセイコーにスプリング・ドライブなるメカを採用した時計があります。
 これは自動巻式のメカ時計に、発電機構とクォーツによる調速機構を組み込んだもので、機械式の良さ(ロマン)とクォーツの良さ(正確性)を併せ持つ理想のメカ時計だ、とされていますが、私の食指はまったく反応しません。
 さすがグランドセイコーの造りだと思わせる高級感はありますが、機械で追及する精度にクォーツの力を借りて何が嬉しいのかまったく理解できませんし、そこまで複雑な機構を組み込んでも、精度はほとんど高級クォーツ時計並み。電波時計の「年差ゼロ秒」なんてムリですしね。
 グランドセイコーには優れたメカ式の時計があるのですから、自分なら迷わずそちらを選びます。グランドセイコーで実用性を追求したい向きにはクォーツのラインも用意されていますしね。
 私に言わせれば、スプリング・ドライブがどうしても好きな人向けの時計、ですね。

 腕時計に求めるものは人それぞれで、私の食指が動かないものに対しても、興味がある人がいるだろうし、またその逆もしかり。良い腕時計はそれなりの価格がしますから、自分が腕時計に求めるものの本質を充分に理解してから買い求めることを強くおススメいたします。
[PR]
Commented at 2016-02-11 17:55 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
by ex_kazaguruma | 2016-01-04 11:30 | 時計 | Comments(1)